トロント留学報告記 〜Tossed salad, Toronto〜

【氏名】中島 宏彰(平成15年卒)【所属】脊椎班/Genetics and Development, Toronto Western Research Institute

早いもので、トロントに留学して1年以上が経過した。−30度にもなる厳しい冬を経験し、時に日本の蒸し暑い気候が恋しくも感じられた。こちらでの生活は至って順調とは言えないものの、留学生活を始めた頃の不安定な虚無感は既にない。頻繁に故障する家電製品、消えない消しゴム、割れたまま売られている卵など、今では見慣れた風景だ。

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こちらへの生活の順応は、子供達の方が早かった。3歳、5歳で留学に来た息子たちも、この夏で5歳、7歳になる。日本では、英語学習を全くしてこなかった彼らだが、今では英語が二人の共通言語である。遊びや喧嘩は、普段学校で使っている英語の方が楽な様である。父や母は、頭の翻訳機械を未だフル活用し、辿々しい日常会話を広げているが、あっという間に追い抜いていった。次男は日本語と英語が入り混じり、小さな“ルー大柴”の様なありさまだ。昨年9月から現地の小学校に通い始めた長男は、当初は読み書きができず苦しんだ。授業の内容が全く理解できず、gymとartが唯一の楽しみであった。しかし、トロントに住む半数以上は移民であり、先生も対応に慣れている。iPadでlisteningとspeaking及び文章読解の練習ができるソフトが無料で提供され、自宅で朗読した内容を、先生が細かく指導してくれた。今では、毎日の宿題も一人でこなし、何と新学期からは飛び級し、3年生に入ることになった。個性を大事に育て、学習状況が異なる人間も輪に加えてくれた事に感謝している。また、学習状況が進んでいる人間は進級させ、適切な教育レベルを個々に用意している姿も新鮮だった。親も子供も他人との過剰な比較はせず、個性を重んじる雰囲気が僕は好きだ。

自分の研究は、一進一退である。脊髄損傷モデルにiPSから分化させた様々な神経幹細胞を移植し回復を評価する実験だが、腫瘍化を経験し、改めて臨床応用への険しい道のりを痛感した。現在は細胞分化様式を修正し、更なる安全性と確実な効果を検証している段階だが、やるべき課題は多い。幸いにも夏になるとsummer studentというシステムがあり、大学生たちが実績作りにラボにお手伝いに来る。実験を一部手伝ってもらう代わりに、実験理論やneuroscienceを教える事が私の役目だ。一から実験を教えねばならず、英語で全てを理解してもらうことは容易ではない。学生によっては、日本ではありえない人も混じっている。先日は実験理論を説明している最中に、お昼を食べたいからといって席を離れる学生もいた。あっけにとられていたが、これも個性であろうか。彼女はToronto大学の学生で、日本でいう東京大学の学生の様なものだ。留学当初の自分であれば、一言物申したかもしれないが、今は少し多様な考え方ができる。

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留学した一番の成果は、大きく異なる個性や物を受け入れることができる様になった事ではないかと感じている。しばしばTorontoは“Tossed Salad”と評される事がある。これは、アメリカの人種の多様性を”Melting Pot”と比喩表現する事も多いが、“Tossed Salad”は Torontoにおける人種の多様性を最も的確に表現していている用語であるとも言われる。”Melting Pot”も”Tossed Salad”も、色々な人種の人が一定の地域の中に住んでいるという事には変わりはないが、それが溶けて混ざっているのか、一つ一つ原型を留めたまま(レタスやトマト、卵など)混ざり合っているのか、と言う所に違いがあるらしい。Tossed Saladは例えば、レタスはレタスとしておいしいが、それが他の材料と混ざり合って、サラダになった時に、違った新たなおいしさを生み出すという意味があるそうだ。それぞれが、違う文化や考えを持ったまま、同じ所に暮らしていてもいいという文化がTorontoには根付いている。子供の学校生活しかり、研究室での人間模様しかり、普段の生活物品も全て多様性を重んじる心がベースとなっている。一つ間違えると、調和のとれない不揃いの集団だが、異なる考え方に揉まれ、自分と向き合ったこの留学生活は一生の財産になると信じている。留学生活も残り約半年となったが、一つ一つの出会いを大事にしながら、日々研鑽を積んでいきたい。まもなく訪れる寒く長い冬も、今年が最後になる。異なる気候、人種、文化、言語、全てを大事に尊重し、来る春を迎えたい。